2017年6月22日(木)
この6月に出席した結婚披露宴に飾られていた花はすべて白でした。
白い花のまわりに招待客と新郎新婦が配置されています。
年齢も職業も招かれた理由もばらばらな人たちが、バスや新幹線を乗り継いで同じホテルに同じ時間に集まっているとても不可思議な光景。
新婦の手紙が読み上げられたあと、新郎新婦からそれぞれのお母さんへ大きな白い花束が渡され、会場に渦巻いていた祝福はピークを迎えます。
花束のむこうには祝福を受ける人たちがスポットライトを浴びて眩しそうに涙をこらえるようにして隠す瞳。
”視界を切るために目を閉じる”
今はもう視界には存在しないけれど、お世話になった人たちがこの世界にはたくさん存在します。たとえば二十年前、三ヶ月だけテレアポのバイトをしていた時の先輩。新大久保の古くて胡散臭い雑居ビルの一室で朝9時から夕方5時まで電話をかけてセールストークをし続ける過酷な仕事でした。
ある日のバイト終わりの5時過ぎ、その先輩に初めて飲みに連れていってもらった席で、俳優をしていること、小さな劇団で定期的に舞台に立っていること、ホッピーは安くていいこと、大柄な身体を丸くちぢこませながらホッピーを飲む先輩から色々と教えてもらいました。
東京での初めてのバイト、夢を語る少し年上の先輩、賑やかな新大久保の街。それは子供の頃に見ていたテレビドラマの“馴染みの店にいつもの仲間が集まる”ありがちなシーンに似ている気がして、とてもよく覚えています。テレビドラマと違うのはそれが現実だったということ。
このテレアポのバイトは一件の契約もとれずに、それから1ヶ月ほどで辞めたので、その先輩が俳優として成功したのかどうかはわかりません。それどころか名前も顔も携帯電話の番号も何もかも今となってはわかりません。ただあの日、夕日が差し込んだ新大久保の立ち飲み屋でホッピー片手に“ドラマごっこ”をした時のことは今でも忘れられないのです。
そのような思い出はときどき、その角度になると部屋に西日が差し込むように唐突にやってきます。祝福のために用意されたスポットライトみたいに。
”世界を取り戻すため目を開ける”
灯りが戻された会場内、万雷の拍手を合図にして結婚披露宴の幕が降りようとしています。カバンの中に入れっぱなしだったイヤホンのように複雑に絡まりあった祝福も少しずつほどけはじめ、またそれぞれのバスと新幹線を乗り継いでいつもの場所へと戻ります。
夕方の5時を過ぎると静けさを取り戻した会場に残されているのは食べかけの料理と披露宴客が持ち帰らなかった白い花だけ。真っ白いコスチュームの背中を夕日でもって真っ赤に染められたホテルスタッフたちが黙々と後片付けをしています。この会場では夜7時から別の結婚披露宴が開かれるらしい。
各テーブルから集められた白い花は、大きな銀色のワゴンに山盛りに乗せられて、さっきまでラグビーの選手だったようなひときわ大柄な男性スタッフによってガラガラと運ばれていきます。
「お花ください」
それは三〜四歳くらいのちいさな女の子でした。ワゴンを追いかけてきたらしく少し息を切らしながら花を指差しています。
大柄なラグビー男は特に驚きもせず、止まったはずみで落ちた花を丁寧に拾い上げて慣れた手つきで大きな白い花を1本差し出して訊ねました。
「なにかいいことありましたか?」
「さっきあめをもらった」
「ほかにがんばったことなどありませんか?」
「えーとね、、、、、なわとびができた」
「おめでとう、これはプレゼントです」
大きな白い花を女の子の小さな手にしっかり握らせると、男はすっと立ち上がり颯爽と「従業員専用」と書かれた扉の向こうへ消えていきました。まるで大見得を切る舞台俳優の出で立ちで。
”花の色、それが始まりを踏み出す者が見た、最後の光景”
さようなら舞台俳優。