恥ずかしさの距離

ずぶ濡れの靴で歩けばいつもより長く消えないぼくを残せる2017年9月3日(日)

 

パジャマをもう何年も着ていません。どのくらいだろう、中学生までは着ていたような気がします。

 

 

肌着がいらない年頃になるとパジャマを卒業して、ホームセンターの衣料品コーナーのど定番、アディダスの短パンと観光地が胸いっぱいに描かれたお土産Tシャツをパジャマ代わりとしました。香港の夜景がプリントされた昭和な感じのものとかボストン・レッドソックスのベースボールTシャツとかがレギュラークラスです。

 

 

今も実家に帰るとそれを着て寝ています。捨ててもいいようなものほど、なかなか捨てられないでいます。恥みたいなものです。

 

 

実家はとても田舎だから、コンビニへは車を走らせます。寝起きのままのTシャツと短パン姿でハンドルを握ってもなんら恥ずかしさを感じません。これが東京の自宅ならマンションの三階からごみ出しに乗るエレベーターで既に何となく恥ずかしいのに。

 

 

恥ずかしさまでにかかる距離が違いすぎて、それがどことなく東京に馴染めていない原因かもしれません。

 

 

コンビニで買ったカフェラテをTシャツにこぼしてしまい、帰りはTシャツを脱いで運転しました。これはいくら田舎でも恥ずかしい。宴席ですぐに裸になれる人やレスラーや力士やアキラ100%は凄いなあと改めて思っていたらもう家です。

 

 

進歩ってかいた汗の量よりも、かいた恥の量で測れるものなのかもしれません。恥をたくさんかいた人が、はるか遠くの彼方までその足跡を残せる気がします。

 

 

 

投稿者 片塩 宏朗

お読み頂きありがとうございました。コピーライターをしています。好きなランニングと短歌について時々書きます。フルマラソン:3時間15分28秒、ハーフマラソン:1時間27分59秒、シューズはasicsです。

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