空っぽのお皿たち

空っぽの白いお皿は空っぽにするには惜しい美しさです2017年11月18日(土)

 

「ちょっといい?この目玉焼きなんだけどさ〜」

 

 

ときどき朝飯をガストで食べています。平日の朝は空いていて少々長居してもOKな雰囲気で気兼ねなく仕事ができます。お客さんのほとんどは、おじさんかおじいさん、同じ顔ぶれが占める店内はイヤホンが必要ないくらいに静か。みんな新聞を読みながら、スマホをいじりながら、トーストと目玉焼きのセットを口にしています。

 

 

ぼくが注文するのはピザトースト。パンの上に具が乗せられているので一枚の皿で済むし、ナイフやフォークをいちいち持たなくていいからそれにしています。

 

 

ヤマザキ春のパン祭りみたいな白いお皿に乗せられている家でもできそうな具合のピザトースト。何年か前まではここにハッシュドポテトが2つ添えられていて、「お好みでケチャップをどうぞ」って店員さんがケチャップを差し出してくれました。しばらく振りに行くとハッシュドポテトはなくなり、ケチャップも塩も胡椒もセルフサービスに。肝心のトーストも小ぶりになったような…。まあドリンクバーもついて400〜500円で済むのだから何も言えない。そう、たいていの人は何も言わないのです。

 

 

「焼き方がね〜、違うんだよ、焼きすぎなんだよ」

 

 

でも、世の中には言える強い人もいます。400〜500円の目玉焼きの焼き加減に対しても妥協しない。朝のフロアをひとり忙しくまわす店員のおばさんを呼び止めて「昨日より固いよ、これ」。あ〜また始まったよ、あの人いつもの“クレーマー”だ。

 

 

朝のファミレスはファミリー感ゼロ、むしろ孤独な人が集まるように思います。どうにもならない空白を埋めるひとつの手段みたいに。

 

あるおじいさんは、ドリンクバーに据えられた緑茶のティーバッグを大量にテイクアウトし続けました。きょろきょろ辺りを見回しながらジャンバーのポケットが膨れ上がるくらいに詰め込んで。そのおじいさんが直接的な理由とは思えませんが、今ではもうティーバッグ制度は廃止されています。

 

ベルトを隠すほど腹が出ているタクシードライバーは股間のチャックを下げて来店し「あなたならタダで乗せてあげるよ」と、若い店員さんを見つけては挨拶を欠かしませんでした。

 

「キリンなんて飲めたもんじゃねえ、ビールはアサヒしか飲まねえ」とアサヒビールに強いこだわりを持つおじいさんは、そのアサヒ愛を店員さんに余すこと無くぶつけては頼んだビールを必ず残しました。みんな思い思いのやり方で何かを満たしに来ているのだと思います。

 

 

そんな人たちに共通している行動パターンがあります。それは、“注文する時、自分の口からメニューを言わない”こと。店員さんに「いつものですね?」と言われてはじめて満足そうに意思表示をするのです。自分の存在を確認できる場所、それが朝のファミレスの役割だとしたら400〜500円はやっぱり安い。そしてファミレスに占める店員さんの役割はとても大きい(特に朝は)。“目玉焼きトーストセット10分間の会話付きで700円(税抜)”マクドナルドのスマイル0円がシャレで済まない日がそのうち来るかもしれません。

 

 

「今日は違う人が焼いたの?気をつけてよね」

 

 

そして焼き加減に“こだわる”おじさんのクレームはいつの間にか叱咤激励に変わり、愛想笑いの店員さんを尻目に談笑をはじめています。朝のファミレスはひとりが多い。まあ、じぶんもそうですが。

 

 

数分後、目玉焼きはもう綺麗さっぱりなくなって満足そうに空っぽのお皿だけが残されていました。

 

 

投稿者 片塩 宏朗

お読み頂きありがとうございました。コピーライターをしています。好きなランニングと短歌について時々書きます。フルマラソン:3時間15分28秒、ハーフマラソン:1時間27分59秒、シューズはasicsです。

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