2018年1月7日(日)
吉幾三の『俺ら東京さ行ぐだ』の暮らしまでとは言わないけれど、それに近い田舎で生まれたうえに、母の実家もそれに近い田舎なので、ぼくは都会ってものをまるで知らない子供でした。年に二度、母が仕事で遠出をした時だけお土産として与えてもらうマクドナルドのハンバーガーに狂喜乱舞していたくらい。特にてりやきバーガーは危ない薬かってくらいヤバかった。
そんな生粋の田舎少年がはじめて東京の子供と接触したのは、9歳の正月休みだったと思います。母の田舎に同じく帰省していた少し年上の小学生姉妹でした。
今のようにインターネットもなければ、しまむらもユニクロもイオンもない時代。その姉妹が醸し出す雰囲気に、特に着ている洋服に異世界とも形容したくなるほどの都会を感じました。モノトーンな服を着ていたのです。子供なのに白と黒!それは田舎の少年にとっては、入学式や卒業式にのみ着る色でした。
東京の子供は大人だな〜。
何年かしばらくは、夏休みと冬休みのたびにその姉妹と会い、夏なら神社でかくれんぼ、冬ならひたすら雪で遊ぶを繰り返します。こと正月休みには家の前に大小たくさんの雪だるまが並びました。
いちばんでかいのがお父さん雪だるま、あとは順次、おかあさん、おじいちゃん、おばあちゃん、おねえさん、おにいさん、いもうと、おとうと雪だるま…。次の日には消えてしまういっときだけの大家族です。
あの姉妹が今なにをしているかなんてわかりようもありません。新しい家族をつくり東京で暮らしているかもしれないし、東京にはもういないかもしれない。ひょっとしたら、どこか違う雪国でまた別の家族と雪だるまを作っているなんてことも。あの時の田舎少年が東京に住んでいるくらいなんだから。
家族は少しずつ形を変えていびつになって少しずつ前とは違う家族になっている。あたりまえのことですが、それがすこし寂しかったりもします。