先日ある仕事でコピーを書いたときのこと。
それは家電系の商材でWEBのみで使用されるコピーでしたが、採用されたのは季節感を取り入れた夏らしい海辺のビジュアルに合わせた情緒的でセンチメンタルな表現のものでした。
無事に入稿を終えて数日が過ぎたある日、ただ漠然と過去の名作コピーをネットで調べていたところ、それに気づいてしまいました。入稿したコピーの一部が過去にTVCMで使用されていたコピーとほとんど同じであることに。しかもそのコピーこそ、あの仲畑貴志さんがつくられたコピー「この夏も、やがてあの夏になる。」だったのです。
そのCMがこちら。今から25年前に放映されたAGFのインスタントコーヒー「ブレンディ」のTVCMです。
おじいさんのスケッチ篇(AGFブレンディ/1993年)
この業界で最も名のある方のコピーをパクるなんてこと、万が一にもあってはならないと汗が止まりません。それはパクることの罪よりも、「仲畑さんの広告を勉強していないの?」と思われてしまいかねない恥ずかしさによるところの方が大きいわけです。なにせ宣伝会議のコピー養成講座でも必ず“教材”として使用されるほどのレジェンドですから。長嶋茂雄の永久欠番を知らずに読売巨人軍のファンを公言するようなものです。
ましてや些細なほころびから炎上騒ぎに発展する昨今、盗作疑惑でクラインアントをはじめとした関係各位にご迷惑をおかけすることは何としても避けなくてはなりません。すぐさまコピー変更のお願いをしたところ、皆様のご尽力のおかげで変更いただけましたので、今は落ち着きを取り戻しております。が、今後このようなドギツい失態がないよう以前にも増して、日頃から過去の広告に目を通しておかなければなりません。
どんなものでも広告枠に化けてしまう世の中で広告コピーは増えていくばかり、あの広告コピー最大規模のコンテスト“宣伝会議賞”でもいよいよ類似作品が指摘される時代になりました。これからは過去のコピーとも勝負していかなければならないですね。
そんなわけで、これを好機としてブレンディの過去CMを片っ端から見たわけです。今でこそ我々の生活に根ざしているコーヒーでありますが、このTVCMが流れていた当時のコーヒーはまだちょっぴり上質な大人の飲み物で、ほんのりと異国の匂いがしていたことを思い出させてくれました。
思春期まっ只中の十代後半と思われる少女とその家族の物語。このTVCMはシリーズ化されいて「この夏も、やがてあの夏になる。」の他にも郷愁を誘う家族にまつわる素敵なコピーが数多く生まれています。もちろん以下に紹介するコピーもすべて仲畑貴志さんによるもの。
「家族の顔を想いうかべると、生きて行けると思う。」
「母が恋した頃の夏に、娘が近づいて行く。」
「姉の胸がふくらんで来た頃から、兄弟喧嘩は少なくなりました。」
「あなたが恋した時のこと、教えてください。お母さん。」
「逆にわがままを言えるのは家族です。」
「男は泣いちゃいけないと言われたから、ずーっとコーヒーカップの中をのぞくふりして、涙をかくしていたんだよ。」
「子供の頃、夢見たことを、話してください。おじいちゃん。」
そしてこれらのコピーを受けるブリッジとなった商品のコンセプトコピーは、
「やさらかさが、新しい ブレンディ」
家族の日々をそっと見守るブレンディ、そのやさしい眼差しがじんわりと沁みてきますね。ながら見していてもコーヒーが飲みたくなるような高い浸透力、余分な情報がない広告はすーっと入ります。スポットで叙情的な映像表現にたっぷりと時間をかける贅沢さ、コピーライターやアートディレクターの力量が半端ない証でしょう。今このような腰が座った長期的な展開をされているTVCMってiichikoやJR東海の「そうだ 京都、行こう。」くらいしか思い浮かびません。
ブレンディはこのシリーズの後、現在まで続いている原田知世さんを起用したTVCMを開始するわけですが、この辺り90年代後半から2000年にかけて日本のTVCMはタレント主流になっていった気がします。
「この夏も、やがてあの夏になる。」いいコピーは普遍性がありますね。この夏は、やがてあの夏になることを知っていて、あの夏をこの夏に投影したがる大人たち。季節をテーマにしたコピーは比較的書きやすいので、それだけにかぶりやすい。このコピーが生まれた25年後に「この夏も、やがてあの夏になる。」と思える夏を迎えているわけですから。きっとたくさんの(30代後半以上の)人がそう思える夏を迎えているはずです、みんなの胸のなかにある思いはやっぱりいいコピーになります。