ときどきネーミングの仕事をすることもあるのですが「名は体を表す」なんて言われるとおりその責任の重さに吐き気がします。すこし前に提案していた企業のネーミングが新会社の名前に決定したとの吉報を頂き嬉しさとありがたさと…うまいこと言えませんが、その新会社のご多幸を願うばかりです。

 

この仕事を機にようやく購入したのがこちらの知る人ぞ知る的なヤツ。

『ネーミング辞典』(学研辞典編集部)

英語・フランス語・ドイツ語・イタリア語・スペイン語・ラテン語・ギリシャ語・ロシア語の8カ国語を2万9000語も収録している、その名の通りネーミングに特化した辞書です。「思考をめぐらすときのパートナーとして、また、新たな表現を捻出する際のおともとして、名付けに悩む方々の一助となることを切に願っております。」こう語る出版社からのコメント通りネーミングにとても役立つ一冊でありました。

 

しかしです、どれほどイケてる単語を見つけてもそれがそのまま社名になるようなシンプルな時代ではございません。前へ!挑戦!価値!創造!などの企業理念にありがちな意味や響きを持つ単語はほぼ100%使用されていますし、単語そのままではドメイン取得が極めて困難です。となるとそれらの問題をクリアするために手っ取り早いのが“造語”。実際に今回社名に採用された名前も2つの英単語を組み合わせた造語でした。

 

コピーを考える作業は左脳と右脳の共同作業と言われます。左脳で考えたコピーを右脳に相談したり、右脳でひらめいたコピーを左脳にダメ出しされたり、コピーライターであれば日常茶飯事の作業です。自分で自分にダメ出しばかりしていますから「オレ才能ない」なんてエブリデイ自己嫌悪です。

 

ロジックか?センスか?みたいな例え話の延長ではありますが、その左脳と右脳のパワーバランスこそコピーライターの色や個性として表れるのではないでしょうか。天からコピーが舞い降りてくる経験なんて皆無の僕は左脳と右脳が8:2くらいの圧倒的左脳型ですが、ネーミングに関しては3:7くらいの右脳(感覚)寄りになるように意識しています。

 

だって、いい名前の条件として挙げられるのは、

 

覚えやすい

 

言いやすい

 

聞きやすい

 

口にしやすい

 

なんだかんだありながらも語感とか響きとか字面の良さといった感覚的な要因によるところが大きいのです。手触りが良いものは触りたくなるように、口触りの良いものは口に出したくなる。目や口や耳が心地良いものは、目や口や耳を頼りに作るのがいいようです。もちろん考えた名前がクライアントのニーズや目指すべきイメージに合致しているかの最終的な判断は左脳に任せなければなりませんが、ことネーミングに関しては意味や理屈なんてものはわりと後付けでも何とかなるな~と思います。

 

じゃあネーミングはセンスか?と言えばそうなんですが、決して“天賦の才”というニュアンスのセンスが必要というわけではありません。“センスを磨く”なんてフレーズがあるようにセンスは経験や努力である程度の不足分は補えるもの。そしてネーミングに重宝されるセンスとは、センスのなかでも後天的に身についたものではないかと思います。

 

街を歩けば目に飛び込むのは名前ばかり、世の中はネーミングの宝庫です。つい口にしたくなる言葉と口にするのも恥ずかしい言葉、やたらと目に留まる字体とスルーしてしまう字体、売れている名前とそうでもない名前を分類していくだけで、ネーミングセンスなるものは自ずと磨かれていくはずです。

 

たとえばこの2つのネーミングならどちらが好みか?命名に込められた意味やコンセプトなど、あっち側の都合は無視して自問自答してみます。

 

渋谷ヒカリエ VS 東京ソラマチ

両者とも2012年オープンの今をときめく商業施設の名称で字数も字面も構成もほぼ同じ。未来志向のヒカリエに対して温故知新をテーマにしているのがソラマチといったところでしょうか。それはそのまま渋谷と押上の土地柄と言えますが。

 

イタリア語の公園を意味する『PARCO』やフランス語の森を意味する『ラフォーレ』などに代表される舶来言葉を使用したスタイリッシュなネーミングがトレンドだった時代も今は昔。『ヒカリエ』や『ソラマチ』は和文の一部を切り取りカタカナ変換する昨今のど真ん中のネーミングであります。時代とともにネーミングのトレンドも移ろいます、今は何かにおいてわかりやすさと親しみやすさが重要視されているようです。

 

「光へ」をカタカナ変換したと思われる「ヒカリエ」はうまい具合に新しいワードに昇華できています。それはヒカリの持つ響きのポジティブさもそうですが、まずもって語感が良い、アトリエなど既存のワードの効果も手伝いイメージのオーバーラップに成功しています。対してソラマチの方は「空町」をカタカナにしただけ止まり、それ以上の姿を感じさせてくれません。外国人向けのお土産Tシャツに書かれているコトバのような無機質さです。文節をそのまま切り取るネーミング手法も「ヒカリエ」以降に増えた気もしますし、そんな観点からも『渋谷ヒカリエ』の勝ち。ソラマチは“花街”のような奥ゆかしいネーミングを今風に仕立てあげたかったのでしょうが道半ばな気がします。

 

ただその責任はなにもソラマチだけにあるわけではありません。むしろ「東京ソラマチ」の薄味さに拍車をかけているのは「東京」です。

東京のタワー

東京のドーム

東京のディズニーランド

東京のステーションホテル

東京の大学

東京のソラマチ

「の」で結んでみると一目瞭然、古参の東京組に比べてソラマチは明らかに弱くてミスマッチ。しかもソラマチが語りたい温故知新にピントが合わないようにしているのも「東京」です。これがまだ「江戸ソラマチ」とか「浅草ソラマチ」なら一本筋の通ったブランドイメージが形成されると思います。逆に「東京ヒカリエ」…やはり淡いです。東京はネーミングにおいて諸刃の刃です。

 

続いても東京を冠したことによりパッとしない例です。

 

六本木ヒルズ VS 東京ミッドタウン

六本木エリアに再開発された巨大複合施設対決。ことネーミングだけでいえば六本木ヒルズの完勝であります。

 

循環型社会形成推進基本法が施行されエコが盛んに叫ばれていた2003年に誕生した『六本木ヒルズ』。地名に含まれている「木」と、丘を意味する「ヒルズ」との相性が良く自然と都市が融合した複合施設の誕生を一目で表現することに成功しました。危ない夜の繁華街というそれまでの六本木のイメージから脱却し観光やレジャー、IT企業がひしめくビジネスの拠点と化した六本木エリアそのもののブランドイメージの向上にも大きく寄与、ヒルズ族なんて派生語が生まれたのはネーミングとしては大成功なわけです。後に表参道ヒルズや虎ノ門ヒルズとシリーズ化されていますが、「ヒルズ行かない?」と誘われたら六本木一択なことからもその強さが際立ちます。

 

六本木ヒルズの四年後に開業したのが『東京ミッドタウン』。高級ホテルやハイセンスなお店、格式あるクリニックや美術館など、ラグジュアリーさが満載の複合施設です。開業直後に足を運んだ時にはあまりの用の無さに立ち尽くしたものです。最先端のアートやデザイン、カルチャーを寄せ集め世界に誇る東京の新しい価値を表しているわけですが、肝心の名前に目新しさがありません。それでいて六本木や赤坂の地域特性も感じさせない。東京+ミッド+タウン、ぼんやりとしたワードを3つ揃えても確変は起きない、そこに生まれるのは“無難”です。特に「タウン」のありきたりさが凄い。わかりやすさにも程があります。新しいライフスタイルを東京から発信するのであればネーミングにもその気概が欲しかったです。

 

続いてはその「タウン」を使用して成立したショッピングサイトの事例。

 

amazon VS ZOZOTOWN

アメリカに本拠を置く巨大ECサイトの『amazon』とその勢いは宇宙へ迫るアパレルECサイト『ZOZOTOWN』。2018年のECサイト売上高1位と3位にランクインする日本のEC業界を牽引する二大ブランドでありますが、その名を初めて耳にした時の違和感たるや、一度聞いたら数分は忘れられないインパクトがありました。

 

アマゾンをあのアマゾン以外で耳にしたのは仮面ライダーアマゾン以来なわけです。いくら世界最長の河川とは言え、鬱蒼とした密林地帯をイメージさせる川の名をショッピングモールサイトのブランド名にするなんて、それはやはり外国人の発想というものなのでしょうか。外国人の発想なら“向こうのセンスだからわからなくても仕方ない”と容易に腑に落とすことができます。きっと諸外国の方々は同じ思いを「楽天」で経験していることでしょう。

 

かたやZOZOTOWNは創造のZOと想像のZOを組み合わせた造語。アパレル感はありませんが、独創性はあります。そこが東京ミッドタウンとの大きな違い。タウンなしでは生きていけない“ミッド”と独り立ちできる強い“ZOZO”。そのあまりの強さについに社名にまで昇りつめたZOZO(2018年に株式会社ZOZOに改名)ですが、これがエスカレートしてZOZO保険や、ZOZO電話、ZOZOトラベルとかやり出したらいよいよです。

 

両者ともに革新的なサービスが名前を牽引した例でありますが、何はともあれ勝てば官軍、今や微塵のためらいもなくその名を口にしています。ただネーミングに関して言えばZOZOTOWNに軍配。やはりZOZOの破壊力、少し気味の悪さを含む語感が前澤社長のキャラクターと相まって『ZOZO前澤』なる異型のカリスマの誕生につながったのは大きな評価ポイントです。

 

以上、ネーミング対決三番勝負でした。

ちなみに最近その素敵さに目を奪われたネーミングは、NHKの朝ドラのタイトル『半分、青い。』、意味も含めてなんて瀟洒な佇まいなんでしょう。いいネーミングはどれも高い繁殖力があります。人の心や頭のなかに寄生して増殖する、その正体を解明し捕らえる作業こそがネーミングの楽しさであると思います。いつか僕の仕事が誰かの目や耳に届いて、センスを磨く材料になるようなことがあれば幸せだな〜と思うのです。

 


2 Responses

  • キヤノンの「ヤ」が大きな「ヤ」であることについてのネーミングセンスにつきましては、どう思われておられるでしょうか?

  • 前時代の表記方法を変えていない点に伝統と信念を感じさせます、カタカナでありながら老舗をイメージさせる点も昨日今日の会社にはできない強みではないでしょうか。

    ヤが大文字のおかげでネタとして取り上げてもらえるだけでもメリットですよね。

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