第95回箱根駅伝を5つのキーワードで振り返る

東洋大の往路優勝、青山学院大の復路優勝、そして東海大学が初の総合優勝と3強と目されていた3校が優勝を分け合い幕を閉じた今年の第95回箱根駅伝。青山学院の5連覇に注目が集まるなか上位チームの戦略と駆け引きは非常に見応えがありました。シード常連校も様変わりし箱根駅伝勢力図が大きく変わりつつあります。来年日テレ『スッキリ』への出演権を勝ち取るのはどの大学か?群雄割拠の箱根駅伝のこれからを占うべく個人的注目ポイントとともに今大会を振り返ります。

 

① 東京国際大の留学生

前回大会でシテキ・スタンレイ選手を三区に配置してシード権を狙った東京国際大学ですが、その期待の留学生がまさかの区間20位。ケニア人も人の子であることを知らしめてくれました。今年こそシード権を手にしたい東京国際大は箱根デビューとなるモグス・タイタス選手を1区に配置する奇襲に打って出たわけです、これは注目しないわけにはいきません。

 

10,000mの持ちタイムは28.16.35と日本人のトップクラスに引けをとらないモグス・タイタス選手だけに区間賞の期待もかかります。レースは序盤から大集団を形成するスローペースで推移、しかしタイタス選手の様子がおかしい、かかり気味なのかペースUPして独り前に出てはすぐに集団に戻る“揺さぶり”とも言える無駄足を幾度も繰り返しています。残念ながら上位チームは揃ってノーリアクション、はしゃぐタイタス選手とそれを無視する集団の構図がなんとも哀しい。そしてレース終盤、六郷橋から予定通りスパートをかけた東洋大の西山選手に付いていく脚も残っておらずあっけなく離されてしまうありがちな展開に。

 

監督から具体的な指示があったのか、それともシンプルにテンションの上がりすぎで気持ちが制御できなかったのか、走力があるだけにあのレース運びは少し勿体無い。それでも区間8位でのタスキリレーは最低限の仕事は果たせた。日大や山梨学院大に比べて留学生が飛び抜けて強くないのが逆に日本人選手の底力を感じさせる東京国際大学。今年は出場3度目にして初めてタスキをゴールまで運んで過去最高の総合15位。第96回大会でのジャイアントキリングに期待。

 

② 情報戦

12月30日、青山学院大学主将の森田歩希選手が股関節の故障で出場が危ういとの報道を目にする。

青学大、V5へ暗雲…エース森田が欠場でピンチ/箱根駅伝

登録リストの花の2区に森田の名前はなかった。エースで主将の大黒柱は、左の股関節に故障を抱えていることが判明。原監督が苦しい胸の内を明かした。

「かなり頭が痛い。前半は混戦になる」

前回大会で2区区間賞の森田は、11月下旬の練習中に負傷。MRI(磁気共鳴画像装置)検査を受けたほど深刻だった今月の千葉・富津合宿でも走り込めず、レース当日に交代可能な補欠に回った。


「(青学大で)12月の練習消化率が0%の選手が過去に箱根を走ったことはない」と原監督。起伏の少ない区間での投入に含みを持たせたが、練習を積めていないエースの起用を見送る可能性もある。(引用:サンスポ

 

森田選手と言えば駅伝で失敗しない絶対的に計算ができる選手であり今年の青山学院の大黒柱。そんなエースでも調整が間に合わなければ層のぶ厚さを誇るチームではエントリー漏れすることは充分に考えられる。このダメージは戦略的にも精神的にもチームに大きく影響し5連覇は厳しいと見た。

 

それなのに・・・当日エントリー変更で3区を颯爽と走る森田選手…騙されました。しかも区間新をマークする完璧な走り…騙されました。あれは練習を積めていない人の走りではありません。同じく直前の報道で東海大学のエース關颯人選手も故障の影響で出場が危ぶまれていましたがこちらはリアルに出走せず。青山学院大学の恐るべしフェイクニュース。来年はますます直前報道に注目です。

 

③ 4区の考え方

最近の箱根駅伝において「つなぎ区間」というのは死語に近い。各校の選手層が厚くなりつなぎ区間でライバル校の寝首をかく戦略が定着した今、4区や8区でさえエースクラスを投入する重要区間となりました。逆に「花の二区」と呼ばれる最長区間に絶対的エースを配置しないチームが増えたのも面白い。全区間が重要区間となりつつある今、エース区間とは勝負を決めに行く区間、そう定義すれば今年の前半逃げ切り型の東洋は3〜4区、スピード自慢の東海は復路の6〜7区、トータル力の青山学院は3区と7区を最重要視していたのではないでしょうか。

 

なかでも3強が優勝を分け合うことになったターニングポイントは4区の考え方にあったように思います。青山学院の原監督は近年3区に信頼できるエースを投入し4区をチャンレンジ枠として活きの良い選手を抜擢する傾向がありました。今回起用したのも11月の世田谷246ハーフで学生トップの2位でゴールした岩見秀哉選手。三大駅伝デビューの彼に4区を託せるのは5区〜6区の山と7区の林選手に絶対の自信を持つ原監督の余裕の表れとも言えます。

 

その一瞬の隙を狙ったのが東洋大の酒井監督。4区に当日エントリー変更で三年生エース相澤晃選手を起用して青山学院より劣ると見られていた山登りを前に圧倒的なリードを奪う戦略を立てたのです。その相澤選手が実力通りに区間新の快走を見せた一方、青山学院の岩見選手は区間15位。青山学院から首位を奪い返した上に山登り前に3分30秒の大差をつけるプラン以上のサプライズを演出した東洋酒井監督、箱根湯本を前に往路優勝をほぼ手中に収めることに成功しました。

 

東海大はと言えばこちらも当日エントリー変更で1,500m日本チャンピオンの館澤亨次選手を起用。両角監督が当日まで手の内を隠したことからも4区の動向を気にされていたと考えられます。その館澤選手が期待に応える区間二位の走りで青山学院をかわして二位浮上、追撃ムードを形成することに成功しました。4区終了時点で首位東洋との差こそ2分48秒ありましたが、これは復路にタレントを揃える東海大には射程圏内、何より山を前にして青山学院から奪った42秒のリードこそ総合優勝への道を切り開く原動力となったのではないでしょうか。この4区の館澤選手の走りこそ今大会の個人的MVPです。

 

青山学院の原監督は今回の結果を受けて来年はどんな戦略をたてるのか。6区のスペシャリスト小野田選手が卒業する来年は4区にかかる比重が大きくなるのは間違いなし、4区を走る選手に注目です。

 

④ 山チャンピオン

箱根駅伝において「山の神」の出現が最も世間を賑わすほど5区の山登り、そして6区の山下りはその注目度の高さから日本の駅伝競技のなかでも屈指の花形区間となりました。

 

5区 区間1位と最下位との差:07:03(第95回大会)

5区 区間1位と最下位との差:09:28(第94回大会)

 

なかでも山登りは区間1位と最下位とのタイム差がつきやすく勝負を決してしまうかもしれない大事な区間。山の二区間のみに注目してみると山の成績上位10チームがほとんどシード権を独占していることからもその重要性がわかります。

〜第95回箱根駅伝山だけランキング〜

 

1位 東海大学(総合1位)
5区 1:11:18(2)
6区 58:06(2)
合計 2:09:24

 

2位 法政大学(総合6位)
5区 1:11:29(3)
6区 58:30(4)
合計  2:09:59

 

3位 東洋大学(総合3位)
5区 1:12:52(8)
6区 58:12(3)
合計 2:11:04

 

4位 國學院大學(総合7位)
5区   1:10:54(1)
6区   1:00:17(13)
合計  2:11:11

 

5位 駒澤大学(総合4位)
5区   1:12:23(5)
6区   59:04(6)
合計  2:11:27

 

6位 順天堂大学(総合8位)
5区   1:11:59(4)
6区   1:00:35(15)
合計  2:12:34

 

7位 大東文化大学(総合19位)
5区 1:12:42(7)
6区 59:56(10)
合計 2:12:38

 

8位 青山学院大学(総合2位)
5区 1:14:52(13)
6区 57:57(1)
合計 2:12:49

 

9位 中央学院大学(総合10位)
5区 1:13:08(9)
6区 1:00:14(12)
合計 2:13:22

 

10位 拓殖大学(総合9位)
5区 1:12:32(6)
6区 1:01:06(18)
合計 2:13:38

 

11位 日本体育大学(総合13位)
5区 1:14:17(11)
6区 59:44(9)
合計 2:14:01

 

12位 帝京大学(総合5位)
5区 1:15:28(16)
6区 58:44(5)
合計 2:14:12

 

13位 明治大学(総合17位)
5区 1:15:02(15)
6区 59:41(8)
合計 2:14:43

 

OP 関東学生連合
5区 1:14:45
6区 1:00:02
合計 2:14:47

 

14位 国士舘大学(総合18位)
5区 1:14:21(12)
6区 1:01:12(19)
合計 2:15:33

 

15位 早稲田大学(総合12位)
5区 1:15:41(17)
6区 59:57(11)
合計 2:15:38

 

16位 日本大学(総合14位)
5区 1:14:58(14)
6区 1:00:41(16)
合計 2:15:39

 

17位 城西大学(総合20位)
5区 1:14:09(10)
6区 1:01:34(21)
合計 2:15:43

 

18位 中央大学(総合11位)
5区 1:16:24(20)
6区 1:00:45(17)
合計 2:17:09

 

19位 山梨学院大学(総合21位)
5区 1:15:41(17)
6区 1:01:30(20)
合計 2:17:11

 

20位 神奈川大学(総合16位)
5区 1:17:57(22)
6区 59:29(7)
合計 2:17:26

 

21位 東京国際大学(総合15位)
5区 1:17:37(21)
6区 1:00:20(14)
合計 2:17:57

 

22位 上武大学(総合22位)
5区 1:16:11(19)
6区 1:02:18(22)
合計 2:18:29

※()内は区間順位

第95回大会の山チャンピオンは東海大学、総合優勝に続いて二冠です。黄金世代も早いもので三年生、自他ともに認めるスピードスター揃いの東海大学でしたが総合優勝を手繰り寄せたのは山でした。

 

さすが3強と呼ばれる東海、青山、東洋は山も強い。ただ青山学院が5連覇を逃した最大の誤算は4区ではなくこの5区。仮に4区で失敗してもこの5区で取り戻せる算段がまさかの区間13位、山順位も8位と遅れたことが致命傷となりました。

 

二年連続で6位の法政大や史上最高位の7位でシード権を獲得した國學院大もそれぞれ山の強さによるところが大きい。主力が残る両校は来年も期待大です。シード権内のチームは総じて山での失敗は見られない、つまり山での遅れはシード圏外への脱落を意味するわけです。唯一の例外と言えるのは大東文化大、山順位7位にも関わらず総合19位、“山の大東”の異名は健在。逆に山順位12位から復路で挽回して総合5位に輝いた帝京大学は前評判通りの速さを見せました。今大会は脇役に終始した駒澤大も山順位5位と地力の高さを見せつけただけに強いエースが入学すればたちまち優勝戦線に顔を出してくるでしょう、その時に大八木監督の姿があるのかどうか。

 

ヒーローが誕生しやすい箱根の山ですが今年の5区は「山の神」が出現せずに快適だったのも事実。報道や中継が「山の神」一色になるのも興ざめしてしまう。山だけ速いのと山も速いのは全く別物。山の神にも色々あります。

 

⑤ スリップストリーム

海沿いを走る3〜4区と7〜8区は、気温の上昇や強風などの気象状況で体力が消耗しやすく、その上、細かなアップダウンもあるタフなコースなので経験豊富なランナーの方が有利に働く場合があります。

 

今年の8区で繰り広げられた東洋大の鈴木宗孝選手と東海大の小松陽平選手のマッチレースは今大会のハイライトシーンとなりましたが、タフなコースを味方にしたのは小松選手の方でした。レースはタスキリレー直後から鈴木選手の背後にピタリとついて脚を温存した小松選手に対して、鈴木選手は風を受けながら小松選手のスパートを絶えず気にしながら引っ張る展開に。

 

そして14km過ぎまで続いた二人の“縦走”は小松選手の満を持したスパートにより終わりを告げます。それまで散々風とプレッシャーを浴び続けた鈴木選手に付いていく余力はなく、そんな鈴木選手を発射台にした小松選手は区間新の快走、東海大の総合優勝を一気に決めたその走りに大会MVPである金栗四三杯が贈られました。

 

photo by Kishimoto Tsutomu/PICSPORT/AJPS

これがもしヨーロッパで盛んな自転車ロードレースであれば先頭交代を繰り返しながら進むことがマナーとされますが、ここは日本で、競技は箱根駅伝。あの場面では鈴木選手は前に行くしかないアンラッキーな展開ではありましたが、今回は小松選手のクレバーさを称えるべき。高校1年生から陸上を始めた鈴木選手、今年はハーフを62分台で走るなどノビシロ充分な逸材だけに来年はひと皮剥けた姿を往路の2区〜3区あたりで見たい。区間賞は難しくても大崩れしにくい走りなので任せやすいと思います。

 

以上、第95回箱根駅伝を注目ポイントとともに振り返りました。

連覇がかかる東海大の鍵はチームをまとめあげるマネジメント力。タレント揃いのスター軍団、その目標もそれぞれゆえ個が強い黄金世代の意識を共有できるかがポイント。それを阻む一番手は東洋大学、2〜3年生が主力となる来季、新主将相澤選手を中心に総合力で勝負できるチームに仕上がる可能性を感じます。

 

箱根駅伝は100回大会を機に全国大会にする話もあるようですが、個人的にはニューイヤー駅伝と箱根駅伝を合体させて31日と1日に箱根路を大学と実業団チームで争うのも面白いと思うのです。もちろん実現には山ほど障壁がございますが4年に一度のレアイベントとして実施するのであればちょっぴり現実味が帯びるのでは?格闘技ブームが去った今、紅白とガキの使いに変わる大晦日の最高のコンテンツに「駅伝」はいかがでしょうか。

 

投稿者 片塩 宏朗

お読み頂きありがとうございました。主にコピーライターをしています。好きなランニングと短歌について時々書きます。フルマラソン:3時間15分28秒、ハーフマラソン:1時間27分59秒、好きなシューズはasicsです。