三年に一度開催される「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の雰囲気を味わいに新潟県の越後妻有(えちごつまり)を訪ねました。各地に点在するアートを楽しむ予定が、あまりの酷暑で見たかった幾つかの作品を断念せざるをえない状況に。かつてないほどの熱を帯びる夏の越後妻有から大地の芸術祭2018の様子をお届けします。
そもそも「大地の芸術祭」ってなに?
「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」は、過疎高齢化の進む日本有数の豪雪地・越後妻有(新潟県十日町市、津南町)を舞台に、2000年から3年に1度開催されている世界最大級の国際芸術祭です。農業を通して大地とかかわってきた「里山」の暮らしが今も豊かに残っている地域で、「人間は自然に内包される」を基本理念としたアートを道しるべに里山を巡る新しい旅は、アートによる地域づくりの先進事例として、国内外から注目を集めています。前回2015年は約51万人の来場者数を記録し、約50億の経済効果や雇用・交流人口の拡大をもたらしています。(引用:http://www.echigo-tsumari.jp)
新潟県の越後妻有エリアすべてを美術館に見立てて、地形や風土、生活習慣からインスピレーションを得て作られたアート作品を展示しているのが「大地の芸術祭」。その「大地の芸術祭」の特別なイベントが3年に一度開催される「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」というわけです。作品によってはいつでも見れるものもあれば、この夏しか楽しめないものもございます。
それでは早速お目当ての作品へと向かいます。
まず足を運んだ先は『絵本と木の実の美術館』。毎年訪ねている大好きな場所なのでどれほど暑かろうが見逃せません。今年は大地の芸術祭アートトリエンナーレに合わせた特別展示「カラダのなか、キモチのおく。」が開催されていました。
いつもの絵本と木の実の美術館とは雰囲気が違います。ご覧の通り美術館(校舎)に入る前から展示が始まっているのです。と、スタッフの方に混じり地元の中学生らしき女の子が説明してくれました。このリアル地元密着感が大地の芸術祭の魅力。
この木で作られたトンネルらしき造形物、マムシとのことです。あのヘビのマムシです、毒で有名な。
今回の「カラダのなか、キモチのおく。」は絵本と木の実の美術館で空間絵本を作り上げた田島征三さんがアメリカの詩人アーサー・ビナードさんに声をかけて実現した企画。そのテーマに選ばれたのがマムシなのです。
早速、マムシの口からトンネルの中を進みます。ウッドデッキが足に優しい、何だかお洒落。
マムシの体内へ。食べられたものたちでしょうか、茶色く消化しかけているものもいます。
お腹の辺りまで進むと左手にのぞき窓が見えてきます。
覗いてみると…マムシが草むらに分け入るエキセントリックな映像が流れています。
トンネル内部から見る鉢集落の夏景色がキラキラ。平成最後の夏、時間を忘れるには最高の場所です。
へへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ…
マムシトンネルの出口付近ではアーサー・ビナードさん自作のマムシ小唄が念仏のように流れています。アーサー・ビナードさんの肉声で。異世界感がすごい。
マムシの体内を抜けていよいよ「絵本と木の実の美術館」内部へ。
もちろん常設展示の空間絵本『学校はカラッポにならない』はそのまま。
賑やかな廃校、お馴染みの光景が広がります。
想い出を食べるおばけ、トペラトトも元気そう。
それでもこの夏の主役はマムシ。アーサーさん直筆の詩が展示されています。日本語の感じが日本人っぽい。
マムシ毒ばなし
もちろん わたし毒があります。
どこに?
あたりまえさ
からだのながいなかにもってますよ。
ニンゲンの毒のあつかいかたはどうも
ズサンでこまります。
からだのそとでじゃぶじゃぶつくって
まいたり…たらしたり…もらしたり…
マムシの毒はマムシのなかで
きちんとかんりします。
右目のとなりと左目のとなりのちいさなうつわに
はいているので いつでも毒のことを見うしなわない
ニンゲンのも。
その昔、小学生になりたてのころ、おじいちゃんが山からマムシを獲ってきて庭で捌いてから七輪であぶって美味しそうに食べていた光景が蘇りました。おじいちゃんにとってマムシは毒ヘビと言うよりも貴重な栄養源だったんだ。
お腹が空きましたので館内にあるHachi Cafeでお昼ご飯を頂きます。メニューは物語「学校はカラッポにならない」に登場したカレー。セットでマムシは出てきません。
エアコンのない校舎で頬張るカレーはすごくノスタルジー。汗をとめどなく流しながら美味しく頂きました。
オープニングで歩いたマムシトンネルの原案も見ることができます。イメージをカタチにする力って簡単ではないのに、田島さんは次々にカタチにしていきます。
お土産に、今回の展示テーマをコンセプトに誕生した絵本「わたしの森に」を購入。
この夏の絵本と木の実の美術館がいつもと違う点がもう一つ。入口と出口が別々になっていて靴を袋に入れて持ち歩くシステムなのです。どうして?混雑緩和のため?と、思っていたらその理由は出口を出てわかりました。「カラダのなか、キモチのおく。」の世界は美術館(校舎)を出ても続いていたのです。
カエルや虫たちの楽園、ビオトープを横目にスロープを進みます。
黄金に色づくために稲穂が夏の陽射しを吸っています。このお米が来シーズン、Hachi Cafeのカレーライスになるのかな。
最後に出迎えてくれたのはこの美術館の住人、ヤギもヤギ小屋も大きくなりました。
この場所は人が創るものと自然が作るものの二つがいっぺんに楽しめます。訪ねるたびに心を動かされる、130年の歴史に幕を閉じた廃校が新しい命を授かりアートとして成長していく姿に。
「絵本と木の実の美術館」をあとにして夏の越後妻有を走ります。もちろん車で。もしランニングしようものなら道行く人に“あの人、気は確かか”と思わせてしまう暑さです。
向かったのは内海昭子さんの『たくさんの失われた窓のために』がある中里エリア。絵本と木の実の美術館から車で20分ほどの場所にあります。2006年に制作されたこの作品は、アートによる地域づくりを体現する大地の芸術祭の象徴的な作品です。
河岸段丘を見渡す場所にぽつんと建つ窓枠と風にそよぐカーテン。自然の中にあっては異物のはずなのに妙になじんでいるのです。越後妻有の風景までを作品としてしまう力を宿して。
次も同じく内海昭子さんの作品『遠くと出会う場所』(2009年)。こちらは信濃川を望む田畑の一角にあります。あの丘の上に見えるハシゴのようなものがそれです。
農家の方しか足を運ばないであろう場所。隠しキャラのような佇まいがなんとも言えず魅力的。来てくれる人だけを待っているかのようです。
これだけアート作品が田園風景の中に紛れていると、田んぼに立てられているカカシとか軒先に干されたナスとかゼンマイとか朽ち欠けたオロナイン軟膏の看板とか、ただの木でさえもアートに見えてしまいます。この犬にも恐竜にも見える木も見ようによれば大地が育んだ芸術、作者は自然です。
午後三時、気温は37℃、この日の十日町はフェーン現象でぐいぐい気温があがります。本来であれば松代や松之山エリアまで足を伸ばす予定でしたが前述の通りに断念。
松之山に向かう途中で見ることができた『サイフォン導水のモニュメント』(磯辺行久)をもちまして引き返すことに。地下にある水路を可視化したこの作品、夜はライトアップされるとか。いつもは見えないものを見せてくれるのもアートの仕事か。
帰り道『上郷グローブ座』で道草。さくっと鑑賞のつもりで立ち寄りましたが、500円を要したので丹念に鑑賞することに。2012年に閉校した上郷中学校が、パフォーミングアーツの拠点として再出発したのが『上郷グローブ座』。地元の女衆(おんなしょ)たちが運営する演劇仕立てのレストランも人気の施設です。ですが、立ち寄った時はパフォーマンスもレストランもクローズ中で唯一見ることができたのがこちらの作品。
『上郷バンドー四季の歌』(ニコラ・ダロ)。予備知識ゼロのまま見ると何が何だかわからない。とりあえず備えつけられていたボタンを押してみると…
雪を模した白い布がせり上がり、古民家をバックに動物の姿をした人形たちによる演奏が始まります。その歌の土着感がすごくて暑さと疲れで朦朧とした頭には心地よい響きでした。歌のラインナップは10曲くらいあったかな。残念ながらすべて忘れてしまいましたが。
今年の大地の芸術祭は前回に比べて明らかにたくさんの人が訪れていました。その魅力のすべてを味わうのに一日では全く足りないのですが、そのスケールの大きさもまた足を運びたくなる理由です。どこまでも未完成の物語の登場人物としてこの地に身を委ね、アートや土地や人の魅力を味わう、どんな“つづき”がこの先にあるのかワクワクしながら。それが越後妻有を舞台とした大地の芸術祭の楽しみ方であると思います。
次回は2021年、東京オリンピック後の世界。2018年よりは涼しい夏を期待してまた三年後!(今回の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」は9月17日(月)まで開催中です)
前回訪ねた絵本と木の実の美術館(2017年春)の模様はこちらから。