ゴールデンウィークに行った大阪からの帰り道、ぐったりと疲れた身体に背負ったパンパンに膨れ上がった重たいリュックサック。品川から乗車した山手線に乗るやいなやリュックサックを網棚に。あー肩の荷が降りた。一週間ぶりの日常はどこか違って見える。駅の表示板のほとんどが緑色でホっとする。JR西日本は青だから。

 

大阪では、車に乗れたので尼崎まで足を伸ばした。カーナビ付きの車を運転したことがないので戸惑いながら阪神電車の尼崎駅近くのコインパーキングへ。

 

車を駐車するとカーナビから「盗難多発地域です、ご注意ください」のアナウンスが。「!?」尼崎の知名度は既にカーナビまで浸透していた。今時のカーナビってこんなことまで言うのですね。これは誰が言わせているのですか?地元の人にも言うのでしょうか?

 

様々な疑問が頭をもたげるけど、忠告に素直に従い、財布とスマホをしっかりポケットにしまいこんでいざ、尼崎の街へ。

 

阪神タイガース優勝の文字が踊る商店街をぶらぶらして、地元ではお馴染みの”尼っ子の味”「大貫」という中華そばのお店でお昼。ラーメンではなく中華そば、チャーハンではなくやきめしを頼む。中華そばもやきめしも普通のラーメンとチャーハンとどこか違う、まず色が違う。全体的に褐色だ。今風で言うと豚骨しょう油味なのか。派手な装飾が一切ない、とにかく歴史を感じるセピア色した美味しさです。

 

その後は、喫茶店へ。チェーン店ではないお店がたくさん残っているのでお店選びが楽しい。入った純喫茶で小倉パンケーキとミックスジュースを頼む。最近では禁煙がデフォルトのお店が多い中、お昼を食べた「大貫」もこの喫茶店も当たり前のように全席喫煙OKなのが久しぶりのことで驚いた。

 

写真に残すのを忘れるくらいミックスジュースが美味しかった。(ミックスジュースって大阪に来ないと言えない言葉になりつつある。)長い商店街を三往復したせいで、喫茶店の名前すら記憶できないほど身体はフラフラ、それだけに小倉パンケーキとアイスクリームの甘さが身体に染み込む。

 

喫茶店を後にして車に向かう途中、ブティックを経営しているおばちゃんに履いているズボンを褒められた。観光客だとすぐにわかったらしく、東京から来たことを告げると「最近、尼崎は物騒な街言われとるが、いい街なんやで、ちゃんと東京に帰ったら紹介してな」と言われる。

 

うん、わかる、物騒なことはさっきカーナビにも言われたばかりだから。”物騒さ”は地元の人も自覚されているらしいから、少し安心した。尼崎の阪神駅前の商店街は婦人肌着が安くて、観光客に優しい人も居ていい所でしたよ、おばちゃん。

 

 

尼崎での思い出を振り返っているうちに山手線は渋谷駅へ、あ〜帰ってきてしまった。久しぶりの人混みにうまく歩けずぶつかりそうになる。それでも車内で座れたせいか身体が軽い軽い、不自然に軽い、軽すぎる!やってしまった、網棚に置いたリュックサックを忘れた。

 

気づいた時には既に山手線は渋谷を後にしていた。急いでホームの駅員に伝えると「忘れ物は多摩川改札を出た所にある遺失物管理所へ行ってください」のひと言のみ。次に多摩川改札の駅員に伝えると「忘れ物は駅では管理していないので、ここに電話して届いたら取りに行ってください。」と紙を渡されるのみ。

 

まだ目と鼻の先、原宿辺りにいるリュックサックなのに、みなさんの素っ気ない返答に東京に着いて早々涙目。落とし物は誰かが届けてくれない限り、落とし物として取り扱われないことに愕然とする。100%己の過失なので仕方ないと言えば仕方ないけど、思いのほかJR側の態度が冷たくグーで殴られたみたいに面食らう。

 

駅員が咄嗟の連携で新宿駅で颯爽とリュックサックをすくい上げてくれる甘い幻想は妄想に終わり、現実の渋谷駅山手線外回りホームには遺失物管理所の電話番号が書かれた紙キレを持った茫然自失の肉体だけが残った。はるばる大阪から乗り継いできた切符もリュックサックの中、このままだと渋谷駅から出ることもできない。絶望のおかげで旅の疲れは吹き飛んですっかり頭が覚醒し始める。

 

幸い山手線は環状線なので忘れ物をした車両は走り続けてそのまま渋谷に戻ってくるはず。だとしたらそれを誰よりも早くゲットしなければならない。落とし物になる前にリュックサックを救出する作戦の発動だ!人は急激に追い込まれると薄ら笑いを浮かべながら妙なテンションになるみたい。その反面、この失態が招いた窮地を誰にも悟られたくない気持ちも強い故、身を潜めるようにして東京方面の山手線に乗り込む。

 

山手線は一周おおよそ1時間くらいなので渋谷から30分ほどに位置する新橋で待機すればピックアップできるはず。あとはひたすらリュックサックが誰の目にも触れること無く放っておかれることを祈るのみ。ターゲットは池袋方面へ、持ち主は東京方面へ走る。リュックサックにはパソコンも入っている、個人情報がぎっしり詰まっている、考えれば考えるほど、脂汗がスプラッシュするので考えないフリをして新橋で待つ。

 

新橋のホームに待機して一本目の山手線が来る…無い。脂汗が凄い。二本目…無い。脂汗が凄い。そして三本目の山手線…あった!それでも脂汗が凄い。

 

パンパンのリュックサックは何事もなかったフォルムでそこに置かれていた。良かった。万事OKだ。全て笑って許せる。JRの冷たい態度も微笑ましいエピソードに変わる。リュックサックを網棚から降ろし、ギュウっと抱きかかえてそのまま渋谷方面へ。乗車した分の山手線の運賃を申告して、予定より1時間半ほど遅れて渋谷駅を脱出。

 

このリュックサック救出作戦の遂行中に至る所で見た、いや、見られていたのがこの広告のこの笑顔。瀕死の自分をあざ笑うかのように感じられて若干、腹立たしい思いをした。

これ、人材派遣などを生業とする旧テンプスタッフ、現パーソルのブランド広告でした。スローガンは「はたらいて、笑おう。」と言う”ならでは”のもの。

 

この広告に狂気入り交じる素敵な笑顔で登場しているのが、スティーブ・ウォズニアックさん。Appleの設立者のひとりで、超が何個も必要なくらいの成功者。その成功者が見せる絶妙な上から目線のこの笑顔、イライラせずにはいられない。リュックサックが無事だったからまだ良かったものの、そうでなければ働く意欲を無くしてしまうところ。

 

それにしてもこの表情。ある程度のリアクションを見越して確信犯的にこのカットを採用したのだろうけど、ボヤくらいで済む”炎上”までを想定している感じがして、少し気味が悪い。でも、そんな作為的な点を加味してもワンメッセージの潔いブランド広告は好きだし、こうして目に飛び込んで記憶に残っているのだから、このプロモーションは”成功”と言えるのではないかと思う。

 

スペシャルサイトではウォズニアックさんがエンジニアの道へ進むことを決意した当時を振り返っている。この手の人は、運命に導かれたかのように天職に出会い、没頭し、成功してしまうので、出会わず、没頭せず、成功も失敗もない自分からすれば絵空事のような経験談で、参考にしたら危ない。きっと前前前世レベルでの生き方が違うのだろうと結論づけている。

 

ともあれ、ゴールデンウィークも終わり、車内に忘れたパソコンもこうして無事に戻ってきた。働く状況は整った。あとは忘れかけている働く喜びを取り戻し、高らかに笑うだけなのだ。

 

 


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