祝日のない6月に故郷長野にいるのは実家を離れて初めてのこと。まだ蒲公英(たんぽぽ)が咲いているこの涼しさが新鮮、今回は結婚式に出席する為の帰省でした。
長野市内の式場までは車で一時間。途中に新しい道路ができているからと父が勧めるので試しに走ってみる。山の中にトンネルが掘られ、田畑だった場所に真新しい道が開かれていた。Googleマップで調べたらまだ何も表示されない地図にない道。「うわ〜、こんな所に道が〜いつの間に〜」地元の人しか通らないのか交通量が少なく、雨に濡れ鮮やかさを増す緑の中を走り抜ける。
長野では1998年に開催された冬季オリンピックにあわせて随分と新しい道がつくられた。むかし親に連れられてでかけた道は今では旧道と呼ばれ、その時つくられた道が今の暮らしの大動脈になっている。道が新しくなるたび地図が書き換えられ、暮らしが変わり旧道に面したお店が姿を消していった。
そのオリンピックの時に作られた“オリンピック道路”を通って長野市から大町市へ、黒部ダムまで足を伸ばした。大町市ではちょうど「北アルプス国際芸術祭2017 ~信濃大町 食とアートの廻廊~」が開催されていたが、今回は時間もなく素通り。心残り。
後立山連峰の麓に位置し立山黒部アルペンルートの長野県側からの始点となる「扇沢駅」に車を止めて、そこからは電気で走るバス、関電トロリーバスに乗り込む。眼前の鳴沢岳を貫通する関電トンネルを通って黒部ダムまで16分、片道大人1,540円。さすがに高い!!
扇沢駅構内にはトンネルが掘られていた当時のエピソードを紹介したパネルや映像が展示されていて、さすがに見入ってしまう。なになに…、トンネル工事途中で出くわした長さ80メートルの“破砕帯(はさいたい)”を突破する工事は「世紀の大工事」と呼ばれ、この黒部ダム建設で最も困難を極めた。とのこと。なるほど、片道大人1,540円の意味が少しずつ理解できてくる。
破砕帯とは?
岩盤の中で岩が細かく砕け、その隙間に地下水を大量に含んだ軟弱な地層のことだ。だから掘っても掘っても天井から崩れ、前へ進めない状態。地下水は4℃と冷たく、それが毎秒660リットルもの勢いで降ってくる。毎秒660リットルというのは、水道の蛇口をほんの一瞬ひねるだけでパッと浴槽がいっぱいになるような量。まるで凍えそうに冷たい滝の中に入って仕事をするような凄まじい状況で、手がつけられない。破砕帯に遭遇したあと、上空からヘリコプターで地層を調べたところ、なんと破砕帯は80mもあったことがわかった。(Insight/Close up エナジー 2007.06.15より)
通常なら10日間で終える工期を7ヶ月もの期間を費やした破砕帯突破から今年でちょうど60周年。たくさんの先人たちの手と凄まじい努力で開かれたトンネルを60年経った今、たった16分で走らせて頂く。高く感じられた片道大人1,540円にももはや納得の域です。その破砕帯エリアはバス乗車中でもわかるよう青くライティングされていました。
快適なトロリーバスに運ばれ黒部ダム駅に到着。トンネル内は10℃ほどでとにかく寒い。ダムを見に来たとは言え、標高1470mの山の中。震えが止まらないのは感動のせいか半ズボンのせいか。
昭和31年から始まった工事には当時の金額で513億の巨費が投じられ、延べ1,000万人もの人手により、7年の歳月を経て完成した黒部ダム。高さも186mで日本一。この立山連峰と後立山連峰に囲まれた困難な場所にこれだけの巨大な人工物を作り上げたことに改めて驚愕です。もはやここが電力の為に存在していることも忘れてしまいそうなスケールが大きすぎる偉業。
お昼ごはんはダムレストハウスで名物の「黒部ダムカレー」1080円を注文。黒部湖面のエメラルドグリーンを模したほうれん草の辛口カレーを美味しく頂きました。しっかりと観光資源に変身できるカレーは本当に便利な食べ物だ。
この黒部ダム建設で命を落とした方は171名。人が立ち入ることの無かった未踏の地に道を開き、電力不足が深刻となっていた関西地区に希望を灯すべく命懸けで作り上げられた黒部ダム。それはまさしく日本史に残る大事業で、
地図に残る仕事。(安藤寛志)/ 大成建設
と、言えます。この「地図に残る仕事。」でお馴染みの大成建設も黒部ダム工事を請け負った建設会社五社のうちの一社でした。
このブランドスローガンはとても画期的なもので、“暮らしやすい街づくり”とか“豊かな未来をつくる”など安易で恩着せがましい建設会社によくある広告コピーは通常、外(消費者)へ向けて発せられるメッセージですが「地図に残る仕事。」は内(生産者)へ向けてのメッセージにもなっています。
自らの仕事に誇りを持ち、あらゆる困難に立ち向かうだけの意欲を鼓舞できる未来永劫使えるブランドスローガンを手に入れた大成建設。これならコピー1本、1,000万円くらいの価値はゆうゆうある記憶に残る仕事。ではないでしょうか。
黒部ダムのえん堤に立って目の前の立山連峰を見上げてみる。先人たちが作り上げた地図の上をただ歩いているだけでは新しい道は開けない。「じぶんには何が残せるのか?」そう思うと無性にあの山に登りたくなってきます。登山未経験者なのに。電力だけではなく、そんな無謀な力も湧いてくる、黒部ダムへの日帰り旅なのでした。