A:「M-1グランプリ優勝しましょう!」
B:「うん、優勝を目指そう!」
Aは吉本のNSCを出た芸人1年目のコンビで、BはAにたまたま出会った放送作家を目指すどうにもならない見習い。そんな両者のやりとりが中野の居酒屋にて、たかだか13年前に繰り広げられていたなんてB本人も信じがたいエピソードです。もちろん優勝など雲上のお話で、出場する前にコンビ解散してしまう筆舌に尽くしがたい結末となりました。
当時、M-1グランプリはフットボールアワーの優勝でM-1ブランドがぐぐんと跳ね上がり、名を売るには最高の舞台と化していました。コンビ結成10年未満なら誰でも同じ土俵で勝負できる大会とあって、名のある芸人さんから自称芸人さんまで、こぞって「M-1グランプリ優勝」を口にしたものです。
ぼくが出会ったのは、大きな大阪の子(ツッコミ)と小さくて太っている福岡の子(ボケ)からなるコンビ。確かキングコングと同期だったと記憶します。大きな子はしゃべくり漫才をやりたいと言い、小さくて太っている子はキャラクターを活かして動きと見た目で笑いを取りたがりました。よく「方向性の違い」を解散の理由に上げるグループがありますが、この二人は初めから見た目も考え方もかけ離れていました。会話をしていても二人の笑いどころが全く違っていましたし、目指している芸人さんもバラバラでした。何より致命的だったのは、お互いがお互いのことを面白くないと思っていたことでした。
その上、ぼくはぼくで書きたい漫才があって、あの当時好きだったアップダウンやおぎやはぎのネタに影響を受けながらM-1用に4分半〜5分くらいのネタを貯金を食いつぶしながら書いておったのです。そのネタは今も古いパソコンにカチカチに冷たくなって残っているはずですが、恐怖で開く勇気がありません。
そんな思惑も志向もバラバラな面々が、M-1グランプリ優勝の夢を肴に酒を飲む。若さはつくづく無敵です。あの場所にいた誰もが叶わぬことに薄々気づいていながらも、つい夢を口にしてしまいたくなるあの衝動、まるで世界には“今、この居酒屋にいる僕たち”しか存在していないような盲目で息苦しい情熱、それを青春と呼んでしまうのは簡単かもしれないですが、あれはまさしく青春です。
銀河鉄道999の有名なフレーズを借りれば、あの「青春の日の幻影」を見続ける毎日は楽しくて、正しいおこないだったのです。このポスターを見るたびにそう思わされるのです。
いつかは 急がなければいけない日がくる。/ JR 青春18きっぷ
“いつか”が来る前に精一杯“今”を積み上げておかなければ。
それにしてもこのポスターの主人公、なぜ田んぼのど真ん中を通る農道で写真を撮ろうとしたのでしょうか。もっと、駅やお地蔵様とか観光案内の看板とか旅先には数多の被写体があるでしょうに。でも、そんなわけのわからなさがいかにも青春っぽくて、このコピーには似合っているわけですが。
今頃、あの大阪の大きい子と福岡の小さくて太っている子はどこでどんな春を過ごしているのでしょう。ネタ合わせした品川の公園にも桜がとても綺麗に咲いていたなー。“いつか”に辿り着いた今、振り返ってその桜を見ています。