春雷は魂が売れてゆく音額を窓におしあてて聞く(雪舟えま)

 

雪舟えまさんの歌集『たんぽるぽる』から。春になると手に取りたくなります。装丁も素敵です。家に置いておけばなんとなくセンスある人に思われますので購入には覚悟がいります。

 

雪舟えま(ゆきふね えま、1974年10月7日 – )は、日本の小説家、歌人。北海道札幌市生まれ。藤女子大学文学部国文学科卒。大学在学中に小林恭二『短歌パラダイス』を読んで作歌を始め、北海道新聞の松川洋子選歌欄に投稿する。<以下略>(Wikipediaより)

 

『たんぽるぽる』はそんな雪舟さんの7年前の第一歌集です。

 

短歌は身に覚えがある感覚にばったり出会えるのがいいです。ひとりの人が送れる人生は多い人でも一度ですから、その点においてとても有意義です。共感は拡散する力を産みます。無理を承知で言えば短歌はSNSが生まれる千年以上前からあるSNSです。紀貫之とかすごい拡散力ですよね。

 

さくら花ちりぬる風のなごりには水なき空に波ぞたちける(紀貫之/古今和歌集/905)

 

 

おにぎりをソフトクリームで飲みこんで可能性とはあなたのことだ(雪舟えま/たんぽるぽる/2011)

 

この歌集をプロレスの技で例えるなら『投げっぱなしジャーマンスープレックス』以外にありません。それまで長い歳月をかけて築き上げた必殺技『ジャーマンスープレックス』をあえて“投げっぱして”新たな必殺技『投げっぱなしジャーマンスープレックス』を生み出す。前時代の昭和のプロレスでは考えられなかった発想です。

 

 

まずはご存知『ジャーマンスープレックス』についておさらいしましょう。


ジャーマンスープレックスは相手の背後に回り込んで相手の腰を両手で抱え込み、両手を相手のへそのあたりでクラッチして後方へと反り投げてブリッジを崩さずにそのままフォールを奪う技ですよね。歴史は古いながら現在でも使用されているプロレス界屈指のメジャーなフィニッシュホールドです。

レスラーの基本とされるブリッジの力が試されるため、その完成度によりレスラーの力量が問われる試金石とも言える技。その使い手は技の威力だけでなく美しさまでが称賛の対象です。

 

 

対して『投げっぱなしジャーマンスープレックス』は平成に入り登場した技。

その名の通りジャーマンスープレックスの途中で両手のクラッチを放し、抱えている相手を放り投げます。投げた側がブリッジをしないのでジャーマンスープレックスの見せ所である型の美しさはありません。ただ、決まった時の見た目の破壊力はご覧の通り、観衆をヒートさせるには充分な説得力です。それだけにジャーマンスープレックスの正当な使い手からすれば随分と滑稽で邪道に見えたことでしょう。最初に“投げっぱなした”レスラーは先輩レスラーから非難されることもあったかもしれません。知りませんが。

 

 

もう一度見てみます。ジャーマンスープレックスは攻め手と受け手が一体となりその美しい人間橋を生み出します。

 

 

しかし投げっぱなしジャーマンは攻め手と受け手に埋められない距離が生まれています。でもどうでしょう、両者の絶妙な間、哀しみにも似た儚さが見えてくるような間です。

 

ひと目、粗暴に見える『投げっぱなしジャーマン』ですが、そこにぼくはどうしようもなく息苦しい美しさを覚えるわけです。そして雪舟えまさんの歌集にもそれとまったく同じ感情を抱きました。「もうどうなっても知らないよ」そんなモノローグ的な言いっぱなしの美しさを。

 

 

その国でわたしは炎と呼ばれてて通貨単位も炎だったのよ

 

寄り弁をやさしく直す箸 きみは何でもできるのにここにいる

 

微熱なのかこれが平熱になったのかきめて、札幌からきたトラック

 

黎明のニュースは音を消して見るひとへわたしの百年あげる

 

ビッグイシュー見ると吸い寄せられてゆくわたしはどこの誰なんだろう

 

あいこ・うど・しどけ・たらのめ・こしあぶら・生きるしかない味がしました

 

面接へゆかず海まで六時間歩いたという その海を想う

 

 

 

きちんと投げっぱなされています。こちらの受け身の技術を磨かなければ試合になりません。異性と異星へのゆらゆらした愛がたっぷり詰まった歌集『たんぽるぽる』。ジャーマンスープレックスにはジャーマンスープレックスの美しさが、『たんぽるぽる』には『たんぽるぽる』の美しさがあります。どちらも受け手の力量が問われます。

 

 

 


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