夏の図書館で読む『短歌ください二』

きっと暑すぎる夏のせい?図書館に行くのが楽しいのは。「図書館」って画数も多い上にカクカクしているので、いかにも本が所狭しと置いてありますって感じでいい漢字です。

 

貸出カードを作ってもらってようやくこの街の一員になれました。驚いたのは1回で15冊も借りられること。力持ちでないと無理な量です。大きすぎず小さすぎもしない3階建ての静かな図書館には自習机がいくつか設置され、申請なしで座れるのがとても便利。冷房もぎりぎり涼しさを感じない長居できる温度なのがいいです。学生よりもシニア向けのしなびた雰囲気のある館内で、眩し過ぎて目が眩む青春のワンシーンを見なくて済むのもいい。と、いいことづくめ。

 

お目当ての本がないときは、広告やマーケティング関係の本をふらふら探すのが癖でしたが、最近は、それもすっかり短歌に代わります。好き歴が浅い分どの本を手にしても初見だからこの度、俳句・短歌コーナーの数少ないラインナップから借りてみたのは穂村弘さんの「短歌ください その二」。

 

短歌ください」

ルールは、五・七・五・七・七という形式だけ。本の情報誌「ダ・ヴィンチ」の読者投稿企画「短歌ください」に寄せられた短歌の中から、人気歌人・穂村弘が傑作を選出。鮮やかで的確な講評が、短歌それぞれの魅力をいっそう際立たせる。詠みたい気持ちを喚起させる実践的な短歌入門書であることはもちろん、言葉の持つ可能性の果てしなさに胸が高鳴る読み物としても刺激的な一冊。(BOOKデータベースより)

 

その二は、「短歌ください」の二冊目。短歌の面白さや視点のユニークさが満遍なく詰まった1冊です。これを読んだら短歌が詠みたくなる、そして簡単には詠めないことを知る、篩(ふるい)にかけられるような本です。「世の中にはたくさんの人たちの素晴らしいものの見方と表現力があるのだな」と感嘆しきりです。これを読んだあとにゴールデンタイムに放送されている似たり寄ったりのテレビ番組なんかを見るとがっかりすること間違いないほど面白いです。

 

穂村弘さんが選んでいるので、すべてが素晴らしい歌なのは揺るぎないでしょうが、やはり短歌は読む人の好みや心理状態も多分に影響すると思うので、なかでも面白かったり好きだったりする歌を少しだけ敬称略でご紹介させて頂きます。

 

どこまでものびてゆくクレヨンの線は真正面から見たらただの点(冬野きりん)

 

あの人が蝶々結びをした紐のくしゃくしゃになったところをさわる(コリユ)

 

顔文字の収録数は150どれもわたしのしない表情(一戸詩帆)

 

午前2時裸で便座を感じてる 明日でイエスは2010才(直)

 

ゆうぐれのジャングルジムにぶらさがり猿へのターン始まっている(虫武一俊)

 

あなたのそのキュピンと光るつむじの中に吸い込まれそう雨上がったね(深田海子)

 

未来から来ました的なテンションで肩組み合ってプリクラ撮ろう(小林晶)

 

「この涙、薬の味する」めちゃくちゃの箸使いしてスーパーの寿司(モ花)

 

もしもしを繰り返してたらもしもしの意味を忘れて動物みたい(シラソ)

 

女子便所からもおんなじ空が見えおなじ身体の向きになるはず(寺井龍哉)

 

正しさが欲しかったから25時赤信号にひとり従う(都季)

 

カーテンのチェックの柄の法則を見破るだけで終わった日など(たかだま)

 

大仏は俯きながら思案する(鶯餅か天麩羅蕎麦か)(九螺ささら)

 

五欲など捨ててしまった美しい私最期におしっこしたい(奈楽)

 

旅先の乗換駅にもNOVAがある神様意外と丁寧ですね(山本まとも)

 

試着室くつを脱ぐのかわからない わからないまま一歩踏み出す(竹林ミ來)

 

急停止ブレーキ音が鳴り終わり車掌がしゃべるまでの沈黙(木下龍也)

 

透きとおる回転扉の三秒の個室にわたしを誘ってください(鈴木美紀子)

 

固定された椅子を何度も引いてしまう 距離感のほうを調節する(太平千賀)

 

 

と、選び出したら選ぶのが面倒なくらいの秀作揃いなので序盤の92ページまでに掲載されている作品までとしました。「キュピン」とか「猿へのターン」とか「未来から来ました的なテンション」とかそうそう思い浮かばぬすごいフレーズです。「クレヨン」の視点の転換もお手本のごとくすごい。「裸の便座からイエス」の飛躍もすごいのに厳か。「急停止の沈黙」、「回転扉の三秒」、「試着室での一歩」、「距離感の調節」の切り取り方も鮮やか。「顔文字の収録数」、「25時の赤信号」、「カーテンのチェック柄」には共感せざるを得ません。

 

一年半前、はじめて今の短歌を目にした時に、こんな面白い世界があったのかと衝撃を受けました。気づくのが10年遅い。その分、長生きしないと。

 

素晴らしい作品はパクりたくなるほど素晴らしいです。でも、広告コピーもそうですが言葉そのものをパクれても文体や視点ってそう簡単にはパクれないです。稀にコピーでもオマージュなんてフレーズを盾にして本当にパクる人がいて、その勇気に驚きますが。

 

パクりたくてもパクれない素晴らしい短歌が勢揃い「短歌ください」絶望するほど面白い、夏の図書館でした。

 

 

 

投稿者 片塩 宏朗

お読み頂きありがとうございました。コピーライターをしています。好きなランニングと短歌について時々書きます。フルマラソン:3時間15分28秒、ハーフマラソン:1時間27分59秒、シューズはasicsです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です